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市 川 喜 崇

 (いちかわ・よしたか)


       博士(政治学)

      同志社大学法学部 教授

     専門分野:行政学,地方自治

    研究対象:日本の中央−地方関係


早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、早稲田大学大学院政治学研究科博士
後期課程修了、日本行政学会理事(2016-20;22年−)・監事(20-22年)、
日本公共政策学会理事(14-20年)、第145回国会衆議院「行政改革に関す
る特別委員会」地方公聴会(仙台)意見陳述(地方分権一括法案)、第165回
国会参議院内閣委員会参考人(道州制特区推進法案)、第20回東京市政調査会
藤田賞受賞、日本公共政策学会2013年度著作賞受賞、 主著:『日本の中央
−地方関係――現代型集権体制の起源と福祉国家』(法律文化社、2012年)


  
経歴    ◇業績   ◇講義   

            ※以下は,学生むけ冊子『ネットワーク法学部』に書いた記事です。

 ◆私の研究
 ◆プロフィール
 ◆学生への希望
 

■私の研究

 日本の中央−地方関係(中央政府と地方自治体の関係)について研究しています。現在は、主に 3つの研究課題を追いかけています。

 ひとつは、大学院生以来一貫して研究しているテーマで、日本の中央−地方関係の歴史的形成過程です。日本に限らず、欧米諸国でも、20世紀は中央集権化の世紀でした。20世紀に集権化が進行したのは、福祉国家の成立と関係があります。国家が国民に対して等しく最低限度の生活を保障しなければならないとされる現代福祉国家では、居住地の違いによって社会保障の程度が著しく異なることは許されないからです。そのため、中央政府は、様々な分野の社会保障政策に関して最低基準を設け、それを自治体に守らせようとしました。

 ところで、ここでひとつ難しい問題があります。それは、英米など19世紀以前にもともと分権的だった国の場合、もともとの分権的性質と、その上に進行した集権化とが鮮やかなコントラストをなすため、20世紀型集権化は比較的観察しやすい現象だったのに対して、日本のように明治以来もともと集権的だった国の場合、その上に折り重なるように20世紀型集権化が進行したため、旧い集権と新しい集権とを分別することが難しく、その結果、20世紀型集権化が見落とされてしまいがちになります。現在でも、「明治以来の集権国家」という言葉をよく耳にします。この言葉自体は決して間違いではないのですが、明治時代の集権体制がそのままの形で現代まで続いているわけではありません。日本の集権体制は、ある時期に大きな変容を遂げて現在に至っています。その変容の過程――それは一見すると福祉国家の成立とは関係なさそうな、かなり複雑な過程をとっているのですが――を探ることを、これまでの研究課題としてきました。

 この研究課題に関して、2012年に、『日本の中央―地方関係――現代型集権体制の起源と福祉国家』を出版しています。(日本公共政策学会2013年度著作賞受賞)

 第2の研究課題は、最近の中央―地方制度改革の政治過程解明です。ここ20年ほどのあいだ、地方分権改革、いわゆる三位一体改革(中央−地方税財政改革)、平成の大合併(市町村合併)などが実現しました。これらがなぜ実現したのか、また誰が改革を推進したのかなどについて研究しています。

 第3の研究テーマは道州制です。10数年前から道州制の議論が活発に行われており、(第1次)安倍・福田・麻生の3内閣では首相の所信表明演説で取り上げられ、また、この問題を議論する政府の審議会が設置されました。こうした現実の課題について発言することも行政学者の重要な使命であると考え、雑誌に論文を寄稿したり、学会で報告したりしています。また、参議院の内閣委員会や自民党政務調査会(道州制調査会)に呼ばれて意見を述べています。

■プロフィール

 信州松本生まれ。高校卒業まで主として松本で過ごし、浪人時代と大学・大学院の計12年間を東京で過ごしました。その後、福島大学の講師・助教授を7年間勤め、2000年4月から同志社大学に勤務しています。

■学生への希望

 教科書を読むように本を読んではいけません。著者のいうことを全面的に信じてはいけませんが、最初から拒否してもいけません。著者の論理をひとまず受け入れたうえで、自分なりに判断してください。著者や他のゼミ生の立場と自分の立場が違うことに気がついたときは、どう違うのか、なぜ違うのかにこだわってください。「違い」を感覚的に処理しないでください。


■私の研究(2000年バージョン)

 日本の中央−地方関係(中央政府と地方自治体の関係)について研究しています。

 日本に限らず、欧米諸国でも、20世紀は中央集権化の世紀でした。20世紀に集権化が進行したのは、福祉国家の成立と関係があります。国家が国民に対して等しく最低限度の生活を保障しなければならないとされる現代福祉国家では、居住地の違いによって社会保障の程度が著しく異なることは許されないからです。そのため、中央政府は、様々な分野の社会保障政策に関して最低基準を設け、それを自治体に守らせようとしました。また、ある場合には、自治体に任せることをやめてしまい、自ら直接そうした行政を行なうようになりました。こうして、20世紀には、福祉国家の進展とともに多くの先進諸国で集権化が進行しました。このほかにも、20世紀には、政府が景気変動を調整したり、一定の経済成長を目標とした様々な政策を行なうようになりましたが、こうした政策は、通常中央政府主導で行われます。その意味でも、20世紀には集権化が進行しました。

 ところで、ここでひとつ難しい問題があります。それは、英米など19世紀以前にもともと分権的だった国の場合、もともとの分権的性質と、その上に進行した集権化とが鮮やかなコントラストをなしているため、20世紀型集権化は比較的観察しやすい現象だったのに対して、日本のように明治以来もともと集権的だった国の場合、その上に折り重なるように20世紀型集権化が進行したため、旧い集権と新しい集権とを分別することが難しく、その結果、20世紀型集権化が見落とされてしまいがちだということです。現在でも、「明治以来の集権国家」という言葉をよく耳にします。この言葉自体は決して間違いではないのですが、明治時代の集権体制がそのままの形で現代まで続いているわけではありません。日本の集権体制は、ある時期に大きな変容を遂げて現在に至っています。その変容の過程――それは一見すると福祉国家の成立とは関係なさそうな、かなり複雑な過程をとっているのですが――を探ることを、これまでの研究課題としてきました。

 さて、こういうと、皆さんは次のように思うかもしれません。「そうすると、お前は日本のいまの集権体制を肯定しているのか」と。確かに、20世紀の集権化が福祉国家の成立・発展と表裏一体のものであったとすると、中央集権は好ましいことのようにも思えてきます。反対に、分権化は悪いことのようにさえ思えてきます。果たして、いま日本で進行している分権化は反福祉国家的な動きなのでしょうか。この問題――かなり複雑な問題です――をどう考えるべきかということについては、講義の中でお話ししましょう。ただ、ここであらかじめ断っておくと、この問題は、「結論」の出るような問題ではありません。